<PM ??? 回想>

 ハツは青野のことも自分と同類だと思っていた。伊藤に対して感じる親近感とはまた別の種類のものだ。青野も自分の中に何もないタイプの人間なのだろうとハツは感じていた。不満げに生きていて、何かが変わってくれと願うことも面倒で、いろんなことがどうでもよくて、明日世界が終わったって特に困らない人。きっとそんなに珍しいわけでもない、ありふれたひと。あとめっちゃ猫背。それが、兄の友人としての青野と会ったときの感想だった。
 藍という友達を探して美術室を訪れたとき、ハツは絵に向かっている青野を初めて見た。それまで美術部ということも知らなかった。青野は入口に背を向けて立っていた。下校時刻が迫っていて、西向きの美術室はいつもより赤い夕日で満たされている。そう、あの日の夕焼けを特別赤かったのだ。青野は燃えるような色に染められながら、たった一人大きなキャンバスに向かい、こちらに目もくれず、左手をガシガシと動かしていた。一心不乱というのだろうか、後姿だけでも感情が尖りきっているのが伝わってくるような動きだった。いつものように曲がった背骨に、鬼気迫る左手の動きがまったく似合っていなかった。しかも何を描いているのかわからない。絵具をつけたナイフをキャンバスに叩きつけたり、擦りつけたり、刺すように動かしたりしている。ハツに言わせれば、あれは描写ではなく、攻撃だった。夕焼けの当たる絵具はまさしく血が飛び散っているようだった。
 ところでハツには絵の良し悪しはわからない。芸術にさして興味がなく、選択授業では音楽をとっている。絵画や彫刻に心を動かされた覚えも特にない。写真のように精密な静物画を見れば、本物みたいに上手に描けていてすごいとは思う。でもそれだけだ。美術の教科書に載っている抽象画の数々を見ても、いまいちピンと来ず、なぜこれがそんなに価値があるものなんだろうと疑問に思うような、よくいる学生だ。今もそれは変わらない。変わっていない……のだけれど。
 あのとき、振り向いたときの、下唇を噛みしめた青野の顔と、まるで捌け口のようだったキャンバスのことが、忘れられずにいる。