病癖/悪癖

 「んなとこ眺めて楽しいか?」と聞けば「楽しいよォ」と歌うように黄色は答えた。日曜の午後、書店の六階で黄色を見かけた。半ば驚かせるつもりで背後から急に声をかけたのに、黄色は振り向きもせずに答えた。まるで俺がいるのを知っていたみたいに。こいつの意表をつくのは難しい。黄色はガラス張りになっている壁から外を見下ろしていた。俺も黄色と並んで眼下の景色を眺めた。見ず知らずの人たちで混みあっている。ここに来るまでにも、いくら日曜とはいえやけに人が多いなと思ったが上から見るとなお一層多い。ちらほら浴衣を見つけたところで俺は今日が花火大会だったことを思い出した。
「ああ今日花火大会だっけ。まだ明るいのに人多いなあ」
「なんだよ忘れてたの? 行かないわけ?」
「俺人ごみ嫌いなんだよ」
「知ってるけどさァ、せっかくの花火なのに勿体ない」
 黄色は横目で俺を見て、ふと気づいたように言った。
「おまえ高いところ苦手じゃなかったっけ?」
「落ちないってわかってるとこならそこまで怖くない」
「ふうん、そんなもん?」
 実はここで黄色を見つけるのは初めてじゃない。黄色はここに来たときはこうしてこの景色を見下ろすのが習慣らしい。黄色は自分と無関係な人間たちが生きているのを眺めるのが好きなのだ。自分にとって何の価値もない見知らぬ人間でも何かしらの思惑を持って日々を過ごしていることを実感することが好きなのだという。俺にはその楽しみはまったくわからないが悪趣味だと思う。
「みーんな楽しそうだねェ」
 黄色は頭の後ろで手を組んでニヤニヤしながら言う。ここからじゃ表情なんて見えないと思うんだけどな。
「俺から見りゃおまえも十分楽しそうに見えるけど」
 黄色は笑みを浮かべた。それがどういった類の笑顔か俺には判断しかねた。さっきのニヤついた顔よりは少し温度の低い笑顔。黄色は普段から笑顔でいることが多いが、その表情には種類がある。
「全然足りないよォ」
 子どもの駄々のように黄色はふざけて繰り返す。地団太を踏むような真似までする。
「足りない足りない足りない足りない。足りなア~い。なんにも満足できないよ~。なんとかしてェ」
「無茶言うなよ……」
 黄色の笑みが深くなる。これは、俺にもわかる。嘲笑だ。
「んまー、俺に言わせりゃね、誰かさんみたいに不満を見て見ぬふりして生きてられる方が信じらんないけどねェ。しんどくないの?」
「……さあな。世の中には求めても求めても何をどれだけ手に入れても満足しない誰かさんもいるだろ。そいつは虚しくねえのかな?」
 黄色は答えない。やり返してやったつもりだが、再びニヤニヤと笑っているだけだ。揺さぶられるのはいつだって俺の方。不愉快に思いながら雑踏を眺める。そういえば、さっきの黄色の台詞には聞き覚えがあった。誰だっけ、いつだっけ。少し考えたら思い出せた。
(……そうだよ、あいつだ)
 あいつも足りないと言った。踏切でバラバラになって死んだあいつはこの街を砂漠だと言った。何もない乾ききった場所だと。
「あいつもおまえと似たようなこと言ってたな」
「何? あいつって?」
「こないだ踏切で死んだ、」
「あぁ。あいつがなんて?」
「『足りない』って。さっきのおまえみたいな感じで。あと俺が不満そうだとか納得してないとか言ってたわ」
「足りない、ねえ。ていうかあいつにも言われるとかおまえ昔から不満げな顔ばっかしてたのね! ウケる~」
「余計なお世話だ。あとは……あいつと俺が似てるって言ってたな。似てねえと思うけど」
「あいつとおまえが? …………。……ふはっ、似てないよォ!」
 黄色はピクリと眉を動かした後、豪快に笑い飛ばした。いちいちオーバーリアクションなんだよなぁ。こっちが癇に障るの知っててやってるから言わないけど。こういう手合いは構うと余計に生き生きするからな。俺は内心肩をすくめながら同意した。
「だよな」
「おまえとあいつは全然違う。違うよ……全然」
 黄色はいつでも笑っている。


 黄色と別れて書店を出ると、日が傾いてきたのもあってか来るときよりもっと道が混雑していた。しまったなあ、花火大会の日程を覚えていたらわざわざ今日出かけなかったのに。鬱陶しく思いながら人を避けて歩いていると、人ごみの中だというのになぜか吸い寄せられるように目がいく後姿があった。五メートルほど先、どこにでもありそうな白と黒のボーダー模様の安っぽいシャツ。手には傘を持っていて、人と人の隙間から見える足には黒いゴム長靴を履いている。
(なんだ?)
 この降水確率ゼロパーセントでカンカンに晴れた日になんだか珍妙な格好ではあるが、それが特別目立っているわけじゃなく、もっと別の何かに引き寄せられている。気がする。観察しようと目を凝らした瞬間、その後姿が体ごとグルンッと振り返った。
「わッ」
 ドキンと心臓が跳ねて思わず声が出た。歩く足も止まった。かなり、驚いた。何の気なしに振り返ったのではなく、明確に、俺を狙って確信を持って振り返ったとわかる振り返り方だったから。こんな人ごみの中で一瞬後姿を注視されたのがわかるものなんだろうか。耳の奥がキンと痛んで一瞬音が遠くなった。振りかえった瞬間に目が合ったままその青年は俺をじっと見る。
 おかしな人間だった。
 青年は目をそらした瞬間に顔かたちを忘れてしまいそうなほど印象に残らない不思議な顔立ちをしていた。やや痩せ気味で無国籍風で中性的。人間の見本をつくればこんな感じなんだろうなって思うくらい顔のあらゆるパーツが平均的につくられていた。唯一、ビー玉のような作り物めいた真っ黒い目を除いては。
 影を縫い止められたように足が動かない。意識しなければ呼吸も瞬きもできない。見れば見るほど不思議な顔立ちで、仏頂面でも無表情なわけでもないのに、感情や考えが読み取りにくい表情を貼りつけている。青年が近づいてくる。心臓がうるさい。
 誰だ。こいつ。
「なあ、アンタ姉ちゃん知らない?」
 俺の目の前に立って、青年はそう言った。歩き方や仕草などの挙動もそのへんにいる兄ちゃんとさして変わりなく、声も平坦で顔と同じく特徴がなかった。思っていたより背が高く、俺の前に立つと太陽を塞いで逆光になった。答えない俺をじっと見ている。光のない目。光を跳ね返しそうな目。マジックで白目の真ん中をただ黒く塗り潰しただけのような目。その目に見られている、と思うとひどく落ち着かなかった。見られるだけで俺まで黒く塗り潰されそうな息苦しさを感じる。なんだ。なんだこの感覚は。
 こいつ、なんだ?
「……何?」
 俺がようやくそれだけ絞り出すと、青年は黒く澱んだ目を細めて口元を歪ませた。並びのよい白い歯が見える。尖った犬歯。笑っているつもりなのか、こいつ。
「俺の双子の姉ちゃんだよ。どっかで見なかった? 目を離すとすぐどっかいっちゃうんだよ」
「知ら、ない」
 こいつは。
 本能的に、関わっちゃいけないタイプの人間だとわかる。全身に鳥肌が立つ。悪寒。ゾッとする。まとう空気がピリピリして肌にビシビシ当たる。人ごみの熱気もざわめきも祭りの前の高揚も、沈み、澱み、濁る。関わっちゃいけないんだ。俺とこいつの世界を交えてはいけない。だけどこの青年には不思議な引力がある。目も離せない。見えない絃で無理やり繋げられているような感覚さえ、ある。こいつとは視線や言葉を交わすことも危険に思えた。いっそ同じ空気を吸うのも怖い。
 こいつ、危ない。
「そっかー知らねえか、残念。見かけたら弟が探してたって伝えてよ。たぶん見れば俺の姉ちゃんだってわかると思う。最高だから。俺とは似てないけどね。似てるって言うと姉ちゃん怒るんだ……。双子なのに。あー姉ちゃんどこだろう? 早く会いたいなあ、もう二時間も会ってない。花火一緒に見たいのに。俺たち二人で一つなんだけどな。ま、姉ちゃんは一人で二つだって言うけど……」
 聞いてもない姉語りをブツブツと始める。誰だよそいつ。知らねえよ。早くどっか行け。願う俺とは裏腹に、百万年前からある沼の底の泥のような目とまた視線がかち合う。総毛立った。口がカラカラに乾き、背筋が痺れる。青年の目が一瞬、すうと細くなった。
「ところでアンタ、嘘ついてないよな?」
 悲鳴は。
 出せなかった。
 信じられないくらいに冷えきった声だった。鼓膜に届いた瞬間にギチリと俺の心臓が身をよじった。絶望を音にしたらこんな感じなんだろう。明確な殺気。殺気が見えない鋭利なテグスになって俺の全身をキリキリと締め上げている。身じろぎすればスパリと切れて血が噴き出しそうな錯覚。「嘘なんか、ついてないッ!」と俺が反射的に出した否定の言葉は上ずった。嘘ってなんだ。何の話だ。嘘なんかつけるか。嘘ついたら殺す、と全身で訴えかけてくるようなやつに。
 なんでだ? なんで、会ったばかりの人間に、こんな、刺すように鋭く激しい殺気を躊躇いなく向けることができるんだ? どうしてそんな目で人を見ることができる?
 怖い。怖い! 怖い怖い怖い! 俺は、目の前にいるこいつが、怖い!!!!
 無理やりにでも足を動かして逃げようと思った瞬間、俺の言葉が嘘じゃないとわかったのか殺気は消えた。テグスが一瞬でぱらりとほどけて空気に融ける。本当に、一瞬でかき消えた。まるでさっきまでの殺気が錯覚だったみたいに。ドッ、と嫌な汗が噴き出た。呼吸は短く荒い。青年は軽い調子で断定的に話す。
「あ、そう? ならいいや。悪いな、アンタから姉ちゃんのにおいがしたもんだからさ。嘘ついたらブッ殺そうと思ったけど知らないっぽいな」
 こんな人ごみで何言ってんだこいつ。犬かよ。異常だ。こいつおかしい。誰か助けてくれ。早く。早く早く。
「これ以上話してても時間の無駄だな。アンタが来た方に向けて行ってみるかー……。俺は行くけど、姉ちゃん見かけたらほんと伝言頼むぜ? 姉ちゃんは気が短いから、機嫌悪いかもしんないけど。じゃ、またな」
 姉ちゃん姉ちゃん、と鼻歌でも歌うように呟きながら横縞の姿は俺の横を通り抜けて行った。そいつの気配が完全に消えるまで俺は後頭部に銃を突きつけられているような気分で棒立ちになって、自分から伸びる影を凝視していた。通り過ぎる人々に邪魔そうにされたり、怪訝な顔で見られたりした。あいつがいなくなった、とわかった瞬間、俺はその場にへたりこみそうなくらい気が抜けた。膝は実際ガクガク笑っている。またな? またの機会なんてあってたまるか。
 あんな、あんな禍々しい人間がいてもいいのか。この場所に、この街に、この世界に。同じ人間の形をしていながら、異質。一線を画している。「間違っている」と思わされる。あいつが存在しているだけで凄まじい違和感を押しつけられるのだ。
 あいつは、ここにいてはいけない。
 それでも、白と黒の横縞と真っ黒い目以外は、あまり思い出せなかった。透明人間みたいだ、と思い、笑おうとしたが表情筋はまだ強張っていて、俯いたら吐く息が震えた。


 結局、マッシロと黄色に誘われて花火大会に行くことになった。最初はまったく乗り気じゃなかったが、マッシロになんだかんだと強引に押し切られ、黄色になんのかんのと適当に言いくるめられ、男三人連れだって行くことになった。俺は人ごみが苦手なだけで花火自体は好きなので、嫌々言いながらも本当はちょっとだけ楽しみだった。集合場所にも最初についてしまった。ワクワクしすぎて早くついたわけでもなく、他の連中が遅れているだけだったがなんとなく気恥ずかしかった。
 五分ほど経って黄色が来た。後ろから肩をガッとつかんで話しかけてくる。しかも結構強い力で骨があるあたりを情け容赦なくつかんでるのでそれなりに痛い。指の下は何気なくを装いながら俺の骨を的確に狙っている。そういうやつだ。
「あれェ~? 猫背君一番乗りじゃん? 人ごみキラーイとか言いながら本当は楽しみだったんじゃないのォ?」
「帰ろうかな」
「ウソウソ! 遅れてゴメンネッ」
 こいつ、揶揄いたいがために隠れて俺を待ってたんじゃないだろうな。やりかねない。
「あれおまえまた髪染めたの?」
「あらわかる? そうです、皆と花火大会行くって決まったから黄色君おめかしして参ったのです! どう、イケてる? カッコイイ? むしろ可愛い?」
 黄色を照らしている蛍光灯の反射の具合で色が変わって見えたのかと思ったが、実際に染髪してたらしい。黄色の髪は前よりさらに色が抜けて、光に透けるような薄い金色になっている。
「夏休みが近いからってやりたい放題だな。あんまり髪の毛に無理させてると将来ハゲるぞ」
「傷つくゥー。こんなサラサラヘアーなのに。さては猫背、嫉妬しているね? 醜いナァ。無理もないよ、俺んちのシャンプーは世界が嫉妬する髪になるやつだから」
「違うっつうの……お?」
 髪の毛から視線を外して、俺は少しビクッとした。黄色が、赤と白のボーダー模様のシャツを着ていたからだ。色こそ違うが、そのシャツの模様は昼間会ったあの青年を思い出させた。
「何、このシャツがどうかした? あー、昼間会ったときとは違うの着てるからびっくりしてんの? 花火大会で迷子になったらウォーリーをさがせごっこしようと思って着替えてきたんだ♪ ちゃんと探してね?」
 俺が驚いたのに目敏く気づいた黄色がシャツの裾をつまみながら言う。
「いや……昼間会ったヘンなやつが、そんな感じのシャツ着てたから。そいつは囚人服みたいな白黒だったけど、思い出してちょっとびっくりした」
「こんなシャツ着てるヘンなやつ? それって男? 女?」
「え……男だけど」
 黄色はつまんだ指を離して、合点がいったというふうに頷いた。
「ああ、それたぶん伊藤じゃない? 弟の方の」
「おま……おまえあいつ知ってんの?!」
 思わず大きい声が出た。近くを通った浴衣の女が通り過ぎざまにこっちをちらりと見た。黄色は大声を出した俺に目を丸くした。珍しく驚かせることができたようだ。今は嬉しくない。
「なんだよ大声なんか出しちゃって。伊藤となんかあったわけ? むしろ俺はおまえが伊藤を知ってることに驚いたけどサァ」
「おまえの知り合いか?」
「知り合い……ってほどでもないけど、名前と顔は知ってるねェ。あのモブ面が俺のこと認識してるかはビミョーなところだけど。俺が一方的にちょっと知ってんの。おまえはなんで?」
「知らん、今日向こうが勝手に声かけてきた。なああいつなんなんだよ、あいつなんかおかしいよな?」
 怖くないのか? 俺はそう聞きたかった。興奮気味に質問を飛ばす俺に、黄色はさらに困惑したようだった。
「何そんな取り乱してんのさ、おまえにしちゃ珍しいねェ。伊藤は、そうだねェ……。一言で言えばシスコンかな。あいつに双子の姉がいるのは知ってる?」
「シスコン?」
「うん。シスコン」
「シスコン……」
「あいつのはマジで病気だよ」
「そういえば、姉ちゃんの居場所知らないかって声かけてきたんだった」
「あー」
 黄色はあまり見たことのない表情……しょっぱそうな顔をした。
「そっかー」
「なんだよ? なんか知ってるのか?」
「いや、俺も居場所は知らないよ。ただそういうときってろくなことにならないんだよネェ。弟がいればそこに矛先が向くからいいんだけどさァ。うーん逆か? 一緒にいてもろくなことになってないかも。結局は怒ってるからなァ」
「……?」
 あいつの姉。どんな人間なんだろう。姉もあんな感じなんだろうか。黄色でも手に負えないんだろうか。
「姉ちゃん探してるなんてタイミング悪い時に会っちゃったね。伊藤、機嫌悪かったでしょ。殺意っつうのかな、丸出しになっちゃうからナァ。普段はそう難しいやつでもないんだけど、そういうときに見かけると俺もビビるもん」
「やっぱそうなのか? 俺怖かったよ。俺から姉ちゃんのにおいがするとかなんとか難癖つけてきやがって……」
「え? マジ?」
「そうだよ。知らねえって言ってんのに」
「けど伊藤のやつ、姉のことでそういうの外さないからナァ。においどころか落ちてる毛髪や唾液の味でさえ判断しそうなとこあるし」
「え、じゃあマジであの人ごみで嗅ぎ分けたのかよ? 俺はその姉ちゃんと直接には接触さえしてないんだぜ、たぶん。顔知らないからどっかですれ違うぐらいはしたのかもしんねえけど。なのにそんなことが可能なのか、人間に」
 チッチッチ、と黄色が指を振る。
「甘いよ猫背。あの双子を俺らと同列の人間として扱ってちゃア駄目だよ。今日弟の方に会っただけのおまえにもわかったろ? あいつらは普通じゃない。逸脱してるやつらなんだよ」
 伊藤姉弟を語る黄色を見て、俺の感情が、揺れた。駄目だ。悪い癖だ。昔からずっと、俺は相手のことを遠く感じてしまうこういう瞬間が苦手だった。俺の関係ない過去、俺の関係ない世界、俺の関係ない関係。そういうものに触れた瞬間、たまらなくなる。そんなのあってしかるべきものなのに、そのことをうまく納得できないのだ。たまらなくたまらなく寂しく悔しく恐ろしく思ってしまうのだ。傷つく、と言っても過言ではない。お笑い草だ。
 俺には俺が生きてきた人生十七年があって、こいつにはこいつが生きてきた人生十七年があって、そんなふうにどの人間にも必ず人生がある。家族にも、同級生にも、街を歩いている知らない人たちにも、俺のあずかり知らない人生がある。それぞれにはそれぞれの人生や世界があって、それぞれにはそれぞれに友達や家族や恋人がいたりするわけで、要するに誰しもが俺の知らない俺とは違う人生をおくっている。同じ場所にいたって同じ世界を生きてはいない。見えるものだってきっと全然違っている。
 共有、できない。
 そんな当たり前の事実がすごく怖くなるときがある。
 伊藤姉弟のことを語る黄色はなぜだか少し悔しそうだった。
「連中のことは化け物か宇宙人だと思ってりゃいいよ。なんかな、嫌んなるんだナァ、あいつら見てると。同じ人間だなんて納得したかないよ」
 言葉の端々は憎々しげですらある。その理由も俺には推し量れない。同じ人間だなんて納得したくない、宇宙人、ね。伊藤の不可解さは確かに段違いだけど、それは伊藤だけじゃないさ。
 こんなの馬鹿げた幼稚な感傷だってわかってる。そういうふうに考えるのは間違ってるってことも。被害妄想だ。悪癖だ。病的だ。それでも感じずにはいられなかった。俺と、おまえ。俺と、あいつ。俺と、皆。どれもイコールでは結べない。わかってる。そんなのどうしようもないってことも、わかってるのに。そんなことをいちいち心に留めて悲しくなったって、なんにもならないのに。

『俺たちは二人で一つなんだけどな』 『姉ちゃんは一人で二つだって言うけど』